本野邸

「中村式鉄筋コンクリート建築」という特殊なコンクリートブロック(通称「鎮ブロック」)を用い、それを剥き出しにして建てられた住宅。室内も居間と食堂の一室化や、低く抑えられた天井高など、合理性と機能性を追求している。竣工当時、ブロックの空洞を用いて壁内通気を試みたり、RC造に軒や庇を取り付るなど、日本の風土と気候を考慮したものとなっている。実験的な試みを徹底した、日本における最初期のモダニズム建築。

竣工年
1924年(大正13年)
所在地
京都市
構造・規模
鉄筋コンクリート造、地上2階
敷地面積
498.54㎡(151坪)
延床面積
159.84㎡(48坪)(1階 91.61㎡、2階 68.23㎡)
設計者
本野精吾

本野精吾(1882~1944)

父は鍋島藩の出で大蔵省に勤務し、後に読売新聞社の創業者として活躍した 本野盛亨もりみち)。本野精吾は、大正期から昭和初期にかけて京都を中心に活躍した建築家。日本におけるモダニズム建築の先駆者のひとり。ドイツのオペーター・ベーレンスの影響を受け、建築のみならず、家具やグラフィックデザイン、食器、工業デザイン、エスペラント語の普及など幅広く活動した。

建築家本野精吾の自邸として建てられた。2007年、モダニズム建築の保存に関する国際組織DOCOMOMOJapanより日本を代表するモダニズム建築100選の一つとして選定され、2016年には京都市による「京都を彩る建物と庭園」に認定されるなど、近年その文化財的価値が高まっている。現在、前住宅遺産トラスト関西がコーディネートするかたちで、2019年4月より木村松本設計事務所として使われている。