置塩章設計の住宅(小川邸)

神戸市東灘区御影は、明治に入り、鉄道や電車の開業により、のどかな農村から富裕層の郊外住宅地へと変化していく。阪神間では、明治期には豪商の邸宅が数多く建設され、大正期にはインテリや文化人が移り住んだことから、多くのモダニズム建築が生み出される土壌が育まれた。当小川邸は阪急御影駅の近くで、昭和5(1930)年に建てられた。

当邸は、公共的な建物を数多く手がけた建築家、置塩章の住宅作品である。建築史の論文で置塩の住宅作品が言及されることはほとんどなく、近代建築史研究においても貴重であった。木造2階建で、外観は、一見してシンプルだが、玄関まわりや窓周辺には意匠的な気配りも見受けられる。内部は、玄関・応接室では、ややアレンジされたクラシックスタイルながら装飾的で華やかな空間を演出し、室内各所では、簡潔な意匠で統一し、当時の上質な洋風住宅の要素を備えていた。なかでも特筆すべきはステンドグラスで、デザイン、制作技術ともに優れている。確たるエビデンスはないが、日本のステンドグラスのパイオニア・木内真太郎(1880-1968)の作品かと推察される。置塩は、以前から当家と親しく交流があったと伝わり、室内随所に、楽しく心豊かな生活を思い描いて設計したことが偲ばれる。【2023年解体】

竣工年
1930(昭和5年)
所在地
神戸市東灘区御影
構造・規模
木造2階建
敷地面積
344.77㎡(104.29坪)
延床面積
230.87㎡(69.84坪)(1階 138.64㎡、 2階92.23㎡)
設計者
置塩建築事務所
施工者
竹中工務店

置塩(おしお)章(1881-1968)

明治43年東京帝国大学を卒業、陸軍省に技師として入省して第四師団の営繕業務に携わったのち、大正9年兵庫県庁に移り、都市計画地方委員会技師、続いて内務部営繕課長として多くの施設の設計を指導した。昭和3年に退職、置塩建築事務所を開設した。小川邸と同じ昭和5年に、茨城県庁舎、鳥取県立図書館、神戸医師会館を竣工させている。鳥取県立図書館には木内のステンドグラスの作品が納められたことが知られている。

明治36年東京帝国大学を卒業、内科学者として、京都府立医科大学初代学長を務めた後、兵庫県立神戸病院院長として赴任した小川瑳五郎(1876-1951)の邸宅として建設された。
2023年、解体されたが、玄関・応接室のステンドグラスと照明器具の一部は、置塩建築事務所による設計図書と共に、神戸市立博物館に寄贈されている。